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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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職を引いた教育委員

  1. 2013/04/22(月) 18:08:31|
  2. 学校と市教委の隠蔽過程
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
以下は星野市議(当時)のブログから転載。コメント部分は星野市議。

当時の教育委員、鈴木委員長、東郷委員、藍原委員は次々と職を退いた。
この人たちがいじめ自殺事件についてどのような見識で語っていたか見よう。


桐生市教育委員会臨時会議事日程 
日時:平成22年11月8日(月) pm2時開会 
場所:桐生市役所3階特別室
傍聴人5名先着順(内議員4人、星野、西牧、福島、田島と一般1名)
結論「いじめがあったと認める。が自殺との関連は特定できない。」
定刻2時に開かれた。全国の報道機関が集まり、ものものしい雰囲気であった。通常の狭い特別室で始まった。記者から「何故狭い部屋で」と苦情受けた。
会議は「原稿が用意され形だけ」の臨時会議であった。
形式は5人の教育委員(委員長:鈴木正三氏、教育長高橋清晴氏、前原氏、藍原、東郷(女性)氏が、4名の当局・教育指導部長、教育課長、管理部長、教育総務課長計4名に説明を求めるというもの。
その後ろに5名の傍聴人、次に放送用ビデオ撮影カメラ群、その後ろに記者大勢。部屋は満杯。
*星野議員の意見・・・「明子ちゃん自殺」から「教育委員会開催」まで16日もかかった。この体質が全てを物語る。
星野議員の実況中継
主催者側「ビデオカメラは3分間時間厳守でお取りくだい」
報道陣「約束と違う」
主催者側「スチール(静止写真)撮影1分30秒としてください。ボイスレコーダーのセットを(窓際に)してください。」
入口では傍聴に入れない人が一部騒いでいた。
教育委員5人が席に着いた。
無言でビデオカメラ、写真撮影が予定通り終わる。
儀式と思える会議が始まる。
鈴木教育委員長「只今から臨時会を開きます。出席議員は5名です。日程第1:会議録署名は藍原委員とします。よろしいですね!」
委員「ハイ。」
鈴木教育委員長「日程第2:会期は1日とします。よろしいか!」
委員「ハイ。」
鈴木教育委員長「日程第3:桐生市立新里東小学校6年女児の案件について、事務局より報告を求めます。」
茂木教育指導部長「さる10月23日(土)12:00ごろ・・・自ら命を絶った。心が痛む・・胸が痛む重大な問題であると・・。日常の学級状況、給食時の状況、郊外授業の状況等正確な調査を行ってきた。教育課長より詳細を説明させます。」
教育課長「1学期の後半、学級のルールが・・乱れた。(他の教員援助あり)その後2学期に入り、・・ 学級崩壊があった。席替えがあり、グループで給食。明子ちゃんは一人で給食を取ることがあった。校外授業の時泣きながら・・・・。嫌なことを言われる。心ない言動があった。等々から学校・教育委員会として、いじめがあったと認めざるを得ない。しかし、自殺を予想することはできなかった。」
●教育委員の質疑
前原委員「いじめと自殺の因果関係はないとのことだが、一般的に身体的に嫌がらせ、嫌がることがあったか」
事務局課長「無かった。」
前原委員「学級崩壊はいじめの温床である。仲間はずれ、嫌がる言葉など釈然としない。 学級崩壊は一人の先生では対応できない。必ずサポートする体制を。文科省から≪いじめの取り組みの中で、クラスごと、グループ別に命の大切さ等の討論をすること≫が言われている。校長も壇上の説明で、『命の大切さ』を耳にたこができるほど強調して欲しい。」
藍原委員「学級崩壊・授業崩壊があると、いじめを受けると思います。」
課長「校内の当該学級は7/E落ち着かなかった。空き時間のある先生に入ってもらった。校長先生にも入ってもらった。10月になって他学年の先生にも入ってもらった。クラス編成替え時、柔軟な対応をする。」
東郷委員「12歳で命を閉じ不憫である。いじめー自殺
本当の気持ちは何であったか?私は一般人で専門ではないが、家庭も子供の教育に大切で、良い大人をつくることではないかと。12歳は子供である。担任が勉強のほかに熱く教えるものを・・。いじめは?ひとによって感じ方は違う。席替えは好きな人と。一人のつらさは先生にわかるし残念に感じる。残念なことではあるが、いじめや困難、辛い時、精神的な強さも教訓として・・精神力の強い大人になって・・
指導部長(課長)「さまざまな報告から、いじめ(があったと結論づけるの)は妥当である。しかし自殺との明らかな因果関係は認められない。対策として、このようなことが二度と起きないよう 心のケアを第一に、カウンセラーを現状2名から6~7名にする。」

まったく意見を持たないに等しいこの人たちが、無責任に事務局の云うなりに語っていたことがわかる。この無為無策も記録に残る。
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  1. 2013/11/07(木) 07:18:57 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
「内藤朝雄『いじめの直し方』(2010)を薦める」

桐生におけるいじめ自殺事件にかかわった教員や教育委員の発言の呆れる点は、学校教育法や文科省通達が遵守されていないこと以前に、いじめという現象に対する見通しやスキルをまったく持っていないということです。特にひどいのは、「残念なことではあるが、いじめや困難、辛い時、精神的な強さも教訓として・・精神力の強い大人になって」云々というもので、いじめが心情主義的な道徳論では克服できないという、現在の「いじめ」研究の常識さえ踏まえられていません。

文部科学省がその遵守を命じた「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」(2006年10月19日付)という通達に繰り返し注意を喚起しているのは、公務員たる者は監督官庁の命令を遵守すべきといった原則論以上に、この通達がこれまでの「いじめ」研究の成果を踏まえた優れた指針であるからです。この通達の内容に重複する部分が多く、また子供たちといっしょに読める本として、内藤朝雄の『いじめの直し方』(朝日新聞出版、2010年;ISBN 978-4-02-250708-2)を推薦させて頂きたいと思います。この本は、漢字にルビがついているので、小中学校の道徳の授業でも使えると思います。

現在の「いじめ」研究で、多少理屈っぽいところ、つまり理解に多少の努力を要する個所は、藤田洋司が提唱した「いじめの四層構造論」、そしていじめ発生に関する「供儀システム論」(亀山佳明、加野芳正、野村洋平、内田樹など)くらいのものです。

前者は、従来「加害者-被害者」関係でのみ考えられていた、いじめ現象に「観衆」「傍観者」を加え、学級内のグループ・ダイナミックスのなかでいじめをとらえようというものです。先の著書で内藤が「仲裁者」「助言者」を追加していることからもわかるように、これは、1950-60年代に注目された構造主義言語学による昔話や神話の分析に用いられた手法、つまり文学や神話などの一見雑多に見える登場人物を「行為者」(actant)に分類した、ウラジーミル・プロップによる物語の構造論の転用です。この「四層構造論」にもっとも適合しているのは、中野富士見中学のいわゆる「葬式ごっこ」事件でしょう。

「供儀システム論」は、いじめを社会における「迫害」現象と同様に考える、フランスの社会学者、ルネ・ジラールの理論を援用したもので、学級のような密閉空間で蓄積したストレスや攻撃性を排出するために、誰か一人を「身代わりの山羊」として犠牲者として仕立て、その他の暫定的な仲間意識をつくろうという供儀システムとして理解しようというもので、理解にそれほど困難があるものでもありません。ジラールがこの理論を構築したのは、聖書、シェイクスピアからスタンダール、ドストエフスキーなど文学的古典の読解によるものです。

現在の「いじめ」研究の不思議な暗合は、それが元々文学に関する研究の転用であることです。先にブログ主さんが、現代の全体主義的管理社会への批判を先取りするものとして、ジョージ・オーウェルの『1984年』を挙げられましたが、まったく同感です。文学や芸術は、「切れば血が出る」現実を、しばしば利害損得の別名に過ぎない現実主義的解釈よりもさらなる深みにおいて理解することを暗示しているでしょう。文学や芸術は、また「いま・ここ」とは別の世界を想像し、「こま・ここ」の世界を別の角度から検討する視座を与えてくれます。

明子さんは、死の直前に、『やっぱり「友達」っていいな』という漫画を残しています。その漫画では、静粛する生徒たちの前で先生が「転校生なので仲良くしてあげてください」と紹介する場面があります。こうした想像力を伸ばせる場所が、地域のサークルなど何か学校外にもあれば、そこが待避所になって、最悪の事態は避けられたのではないかという気がします。

いずれにせよ、実際の教育現場の先生方が、いじめに関する見通しやスキルを持っていないのでは話になりません。これまでの主要ないじめ事件に関するルポ、いじめに関する研究書のめぼしいものを通読するのに、1か月もかかりません。長い休みの一つかければ、いじめに関する見通しを持つのに充分です。学校の費用で購入し、所見を書いて回し読みして定期的に会議を持てば、いまとは少しはマシな状況になるでしょう。「いじめ」問題は、現代の学校における喫緊の課題ですから、せめてそのくらいの期間の勉強はして頂きたいものです。

  1. 2013/10/30(水) 19:16:05 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
この「残念なことではあるが、いじめや困難、辛い時、精神的な強さも教訓として・・精神力の強い大人になって・・」という、2010年11月8日の桐生市教育委員会の臨時会議における教育委員の発言は、見逃せない発言ですね。

2006年(平成18年)10月19日、全国すべての小中高等学校の教職員に対してその遵守を命じた「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」という通達を出し、そこでは「児童生徒の成長にとって必要な場合もあるといった考えは認められないものであり、個々の教師がいじめの問題の重大性を正しく認識し、危機意識を持って取り組まなければならないこと」とされ、この教育委員は、文部科学省の行政指導を理解しないばかりか、まったく反対の趣旨のことを述べています。

この発言は、教育委員としての服務規程に違反した逸脱発言でのではないかと、文部科学省に問い合わせるべきと思いますが、いかがでしょうか?

さらに、

2010年11月17日の桐生市教育民生協議会では、西牧議員の「いじめに関しての記録はどうなっているのか?全学級では?」という問いに対しても教育委員の一人は、「職員会議等の記録に残っている」と答えています。

「職員会議等の記録に残っている」いじめを、どうして学校管理者たる校長は長い間把握していなかったのでしょうか?明子さんの在籍した小学校では、校長抜きで、職員会議を行っていたのでしょうか?また、どうして「職員会議等の記録に残っている」いじめが教育委員会に報告されなかったのでしょうか?

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