• 2017_09
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • >>
  • 2017_11

桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

スポンサーサイト

  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ちゃりこ父さんのコメント

  1. 2013/06/29(土) 18:30:29|
  2. 市民の会の意見
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
昨日と本日ちゃりこ父さんのコメントを頂きたきました。

コメント欄だけではもったいないので記事とさせていただきます。

1.明子さんと同時期に同じようないじめが起きていて、それを逃れた保護者の決断
 コメントを読み、確かに同じ日本で被害にあった人たちがもう少し早く連絡が取れていたらと思いました。
 おそらく被害者の痛み苦しみは他者にはわからないこともありますから。
 そしてお子さんのメッセージを読み取り学校に行かない選択をした決断がかろうじて、子供を救うことになったと 思います。
  今の日本の学校はそこまで来てしまったのです。
2.学校の責任
  ここでは、一応公務員として給与を得ている関係者と名誉意識などのため動くPTA役員とは分けて考えたいと思い ます。
  公務員である教員、管理職、校長は、「全体の奉仕者」であり、それゆえに俸給を得ているのです。だから彼ら の不法行為は(特に管理職の場合は)、実名を公表して世間にしらしむべきだと思います。
 群馬県の前教育長は「教員は嘘をつくな卑怯なことをするな」と言って退任しました。しかし、市教委の管理権の 方が強いらしく、その話は現地教員には馬耳東風です。
 そもそも大分県の事件を見ればわかるように教員採用自体が公正な競争ではなく、コネによる就職の可能性が高い のです。そういった不正のバックを持った教員たちが、マイノリティを無視してマジョリティにつく習性をもつの は当然あり得ます。
  しかしそれは普通は表には出ない暗黙の了解なのでしょう。こういった事件があったり、自分たちの保身が妨げ られるようだとその本性が出るのだと思います。もともと「先生」と呼ばれる職種で人格が逆の人も多いのは世間 が知っています。(群馬県では大澤知事に次いで佐田議員も下半身の人格は人並み以下ということを実証しまし た。)
 それでもあえて、「先生」の道を選んだものはその行いが疾しくないことを世間に問われるべきです。

3.地域、PTAの責任
 匿名の形をとる悪意の人たちは手に負えません。このブログへのコメントにもそれは、現れています。いったいどうして日本人はここまで醜い人種になったのだろうかと思います。
もしかして、古代以来日本のムラ意識はこうだったと思うしかありません。最近経済成長でいい気になって恥も外聞もなくなったのかもしれません。お百姓さんも以前小作だったものが、農地改革で小金持ちになって、遠慮も何もしない、戦争中疎開で来た子をいじめたりした人たちの孫あたりが今の保護者世代でしょう。

4.いじめを解決するあるいは援助する団体への疑念について
 当方でもこの問題を本当に考えてもいないのに取り組むポーズをとった人々がいました。けれど勝手に和解交渉をしたり原告を押さえつけたりして、エネルギーをそらされました。時間がたつと彼らは結局何もしていません。
その辺はとても難しいところだと思います。

これからも、コメントなどお寄せください。そちらさまのブログにもリンクさせてもらいました。
関連記事
スポンサーサイト

  1. 2013/07/03(水) 09:56:55 |
  2. URL |
  3. 我が子だって被害者ですよ
  4. [ 編集 ]
どうも意にそぐわないコメントは悪意あるムラ意識の強い住人と思われているのが納得いきませんが。
我が子だっていじめられた事くらいありますよ。
変なあだ名をつけられたり、仲間はずれにされたり、しばらく頑張っていたけれどついに限界が来て「学校に行きたくない」と泣いて訴えた時だってありました。
ちゃりこ父さん同様、学校へ行かない選択をしました。親があまり干渉するのもよくないとも言いますが、我が子が訴えて来た以上、子供では手に負えないって事なんだと思いましたので、その後の学校とのやりとりは全て子を介さず対応し、解決するまで学校へ行かせるつもりもないという姿勢を通しました。幸い担任の先生が尽力してくれて関係する児童全てに個々に話を聞いてくれ、我が子も落ち着いて自分を振り返る事ができ、最終的には解決し学校へ行くようになりましたが。
学校のなるべく穏便に、事を荒立たせず的な対応は痛いほどわかっていますし、我が子にさえとばっちりがこなけりゃいい的な保護者はこの学校に限らず今の時代の象徴ではなかと思います。
それに我が家も引越してきたのでこの地区の昔の出来事も知らなければそれといってこの地区に執着もありません。ただ引っ越す費用も目的もないのでとどまっているだけです。
明子さんはとても心の優しい素直でいい子だった事も知っています。
他者のアドバイスをしっかりと学び、それをちゃんと行動にうつせるとても柔軟性のある子供でした。
私が納得いかないのは、明子さんが亡くなった理由全ては学校でのいじめによる事だけなのですか?って事ですよ。
いつもその類の質問をすると、誹謗中傷だのとはぐらかされますが、どんな選択をしても果たしてそれは正しかったのか?と悩むように、普段の生活から反省し学ぶべき事は一つもなかったか?って事ですよ。
いじめられたいじめられたと言うけれど、いざ家庭内の類を聞くとプライバシーと言って多くを語らず。
ハーフだから、引っ越して来た住人だから。
なじめなかったから。
周りが全て悪いといわんばかりのこの空気にとても違和感を感じるのです。
親だろうが人間です。大人だって間違いはあります。
思いやって時にはぶつかって間違って考えて話し合って協力しあっていくのが家族であり人間関係なのではないでしょうか?
そういった、人間くささがこのブログ始めこの会には感じられないのがどうも不気味で違和感があります。
ところで妹さんはその後いかがですか?
楽しく毎日を過ごしておられますか?
子供の笑顔は宝です。彼女の未来が平和と笑顔に包まれることを願ってやみません。

  1. 2013/06/29(土) 22:31:32 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
ありがとうございます。
取り上げてくださるのは、うれしくもあり、複雑な気持ちです。同い年の女の子が、学校を捨てて自転車旅行などで頑張っていることを明子さんに知ってもらえていたら、などと考えてしまうのです。ちゃりことて、学校を“捨てざるをえなくなった”のであり、立派な人権侵害です。でも、そんな卑怯な学校や教師や教育委員会は、人々からそっぽを向かれるべきだと思います。法律や制度でいじめはなくなりません。 心を育てること、心で戦うこと。それが大事だと思います。マジョリティに盲従することの醜さ、卑劣さ、そんなものと戦っていかなければ…

 管理者にだけ表示を許可する
 


.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。