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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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5年時の担任の記述や行動への疑問

  1. 2013/07/11(木) 22:12:31|
  2. 市民の会の意見
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
第7回公判で証人尋問の予定者であるY教諭への疑問

まずこの人の教師としてのプロフィールであるが、
明子さんの死亡時に両親が連絡したのは担任ではなくてこの教諭だった。
という意味では担任はまったく信用されていないでこの人は信用があった。
それは5年時に明子さんの提出物に書き込みがなされいじめを発見し、一時それを
押さえたとされているからである。
という意味では高学年を指導できる強い教師像が浮かぶ。
その点小学1年生向きのA担任とは異なる。
ではその適任者がなぜ持ち上がりにならなかったのか?
普通5,6年は持ち上がりになることが多い。落ち着かない時期である
5,6年生はそれが大事であるはずだ。

それについては2つ考えられる。
①本人が荒れた学年で苦労するのを嫌った。
②5年時に強く叱られた子供の親から横やりが入った。
これらについて岸洋一校長や生方教頭は知っているはずである。

次の疑問
5年時にいじめを発見しそれを押さえた功績者であるY教諭はどうしてその後
いじめはなかったと供述を変えたのか。
これは簡単である。単に空気を呼んでここの教育界で生き残りたいからだ。

最後の最大の疑問
なぜY教諭は5年生のとき明子さんが同級生のお年玉を(単独で)盗んだと決めつけ、
それを進んで大間々警察で供述し、学校指導録にも書けるのか。
これによって明子さんのイメージはかなり傷つくのはわかっているはずである。

まず、明子さんが盗んだということについての調査が十分になされたのか。
そのあと友達に奢っているという事実もつかんでいるらしい。
しかし、明子さんは家で小銭をごまかしたことは一度もない。だから盗癖はない。
そしてその日に遊びに行ったのはA子もいる。この子は教唆とか虚言歴が強い事は
他のだれもが証言している。
第2に親に謝ったとあるが、親は盗んで御免ということは一度も聞いていない。
これは警察捜査に比べてもかなり強引である。それに家庭で起きたことも教師が
全部調査するのか。外国では考えられない。それだけ調査好きな教員グループが
いじめ調査はしなかったのはふに落ちないし。

次に、その子供が犯した(として)、それを指導要録に残すのだろうか?その神経もわからない。
児童は皆それを一生引きずるのだろうか?今回のように死者に人権はないから、個人情報を平気で裁判に
出すのか。そういえば被告側代理人のナチ型女弁護士は第4回公判で嬉しそうに犯罪人を裁くようように、「彼らはその金を」まだ弁償していない」と興奮して叫んでいた。

いったい教師はこういう人種と同じになってしまったのか。
イギリスのおける公教育の起こりは、学校を嫌がる労働者階級の子女たちを薫陶するために
教師に教会の神父や牧師のような役割をかぶせた。これが教師聖職論のおこりである。
教会の聖職者はざんげをきいて信者の苦悩を晴らすことはあっても、彼女のように過ちノートをつけて
死者に鞭打つようなことはすまい。
一般に指導要録はそういう性格のものだと思う。
他の児童の記事内容はどうなっているのだろうか。恐れ多くもあの桐生市教育委員の面々が嬉しそうに
この学年は「学級崩壊」で他にもひどい事がいっぱいあったと認められている。
A子もB子もD男も黒ペンでいっぱいの前科前歴が書いてあるのだと思うが。

この気性の強いY教諭はおそらくミスもなく失言もなく証人尋問を乗り切るだろうとは思う。
強い教師とはそういう人種なのだ。

以上は1会員の意見です。
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  1. 2013/07/12(金) 09:15:36 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
申し訳ないけれど(会のみなさんに対してですよ。教育関係者に対してではありません)、教育関係者というのは“卑怯者”という、別種の生き物なんだと思う。保身、体裁が最優先され、隠蔽、捏造、虚言、無視、黙殺は当たり前。

だから、調査というのも、自分達に都合のいいものしかやらない。
信用に値しないんです。そういう意味からも、司法の制度に乗っかって戦うのは至難である。というか、この国の司法は 行政と個人が対立していたら個人の味方はしない。(一度の件で原告が多数の場合を除く…薬害エイズや公害病など)
司法にも傷つけられると思う。
でも、真実は負けない。だから、実は司法判断の結果が大事なのではないと思う。

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