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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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市民裁判という考え方

  1. 2013/07/17(水) 23:28:17|
  2. 裁判関係
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
いじめの問題はあらゆる思想信条、党派を超えた国民的な教育問題である。

今度の第6回、第7回公判は、以前のどこかの裁判長やおかしな弁護士のようにこの問題を交通事故の示談と同じレベルに捉えて「こんな裁判はたかが100万円」とか「主な主張が認められないなら1000万円よこせ(+弁護士に100万円)」などという人命をカネのやりとりでしか捉えられないおかしな人たちの、裏取引からようやく離れたこの裁判を市民の目から考え直すいいチャンスである。

そのために市民裁判という考え方を取り入れたらどうか。

それは、あの暗いイメージが伴ったリンチまがいの「人民裁判」とはちがう。人民裁判はある政治的意図をもったデッチアゲ裁判で反対派を処刑する司法手続きを無視した暴挙であった。

市民裁判とは正規の司法手続きのルールにのっとるものだ。

どこが「市民裁判」なのか。
簡単なことだ。この事件の教育関係者の言動、行いについて一般市民が持っている疑問や訊いてみたいことを
このブログのコメント欄に投稿することだ。それをできるだけ裁判に反映させる手立てを探す。

投稿する場合には誰に何を聞きたいのかを書きましょう。
繰り返しますがこれは人民裁判ではない。リンチでもない。日本の今の教育を憂う人が意見を開示するだけである。
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  1. 2013/07/20(土) 22:09:03 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
ひとつ・
人の命をカネでしか捉えることのできない、腐りきった法曹界のヤツらのことも、白日のもとにさらけ出して、駆除していくべきだと思う。 いじめ裁判では、居眠りしている裁判官までいる。法定侮辱罪が適応されるべきなのは、こいつらだ。

ふたつ・教育関係者の腐りきった現状は、個々の罪状を明らかにするとともに、組織、制度が腐りきっていて、既にそこで、子供を教育できないのであるということを実例を集約して文部科学省にこそ、責任をとらせるべきである。

みっつ・
今となっては、学校ごときを絶対視する価値観を破壊し、オルタナティブスクールの概念を広め、これ以上命を奪われないようにするべきである。

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