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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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教育を国民に取り戻す コメントで疑問や意見を

  1. 2013/07/25(木) 00:09:25|
  2. 裁判関係
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1




このブログにちゃりこ父さんが自分の思いを書いてもらっています。
ご本人のブログでは、自転車旅行のことについて書きたい。
嫌な思い出は忘れたいようですが、それでも書いてくれています。

教育問題が良くならないのは、いくつか考えられますが、
もともと自分たちの産んだ子供なのに、知育だけでなく
徳育や情操までを国家や他人の(官僚の)手に任すという甘えた思想
や責任放棄、あるいは依存症的思考
そして我が子だけが良ければという江戸時代の長屋などで培われた
いい意味での近所の喪失
自分の子供が卒業すればもう関係ないという態度ではないでしょうか。

そういうところからいわゆるプロと自称する輩が好き放題をしている。
そして苦しんでいる子供たちが再生産される。

そういう構図を壊さなければ、この不幸の連鎖は日本中で続くでしょう。

いま大切なことは学校をブラックボックスにするのではなく、市民的常識が通用する社会にすることでは
ないでしょうか。
皆様にもコメントで意見を開示してもらいたいと思います。
span>
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  1. 2013/07/25(木) 12:12:45 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
ありがとうございます。

私がいちばん許せないのは、教訓にさえしようとしない、その人非人ぶりです。

若くして理不尽な思いをして、亡くなった子供の無念なんて、晴らせるわけがない。

だから“無念を晴らしてやる”なんて言ってるカルトみたいな集団も嫌いです。

残された私達にできることは、彼女たちを忘れないこと、そして教訓にすること。それが、せめてもの、出来うることだと思う。


しかし、隠蔽、捏造、言い逃れ…
教育関係者は教訓にさえしない。

亡くなった子供や遺族さえ、いたぶっている。

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