• 2017_07
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • >>
  • 2017_09

桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

スポンサーサイト

  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007年 県教委は安全確保義務を知らなかった。

  1. 2013/07/26(金) 18:29:46|
  2. 学校と市教委の隠蔽過程
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
以下の文は NPO法人全国いじめ被害者の会の公式ブログから転載したものである。
理事長さんは2006年にお子様を亡くしてからNPOを立ち上げ全国の教育委員会を廻っていじめ対策の陳情に
歩いていた。この記事は2007年4月17日とある。

県教委の誰が話を聞いたか知れないが、この怒り方から見ると無知無見識と相まって相当礼儀のわからない
役人が対応したものだと思われる。
今の県教委は慇懃無礼だが、無見識は当時と変わらない。


この県の教育委員会はあまりに不愉快で有った為書き難い。でもどうしても書かなければならない事があります。
それは説明が終わった後、教育委員会は安全配慮義務を守るように市町村に話をすると言いました。その事は当然の事である。しかし今まで回った29都道府県の教育委員会は、安全配慮義務を知らなかった。安全配慮義務の中に有る措置一つにしても知らない。勿論群馬県も同じであった。
仮に私の話を聞いて、安全配慮義務を覚えたとして、安全配慮義務を、市・町・村に実行させるという事は、「SOSに気が付かなかった」や、「早期発見」は死語になる。なぜなら安全配慮義務を守るという事は、生徒を守る事になり、それにより生徒は安心していじめを先生に訴えてくる。
私達の子供の頃は先生はいじめる生徒からイジメられる生徒を守ってくれた。だから安心して訴えた。私の子供の頃は普通に安全配慮義務を守っていた。だから「いじめに気が付かなかった」と言う先生は居なかった。
気が付かなかったという事は、生徒達に信頼されていないから”訴えてこない”と言っているのと同じである。私の子供の頃はアンケート調査も早期発見の手聞きも無かった。訴えてくる環境を作っていたら、必要無いからである。

(以上、代表の手書きメモより)
関連記事
スポンサーサイト

  1. 2013/11/06(水) 19:42:13 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
「いじめはあるという前提でいかに謙虚にとらえるか」

三重県の現職知事・鈴木英敬氏は、そのブログ(2010.11.09)のなかで、「今回の問題は、先生も教育委員会も誰も責任をとりたくない、いじめがあると報告したら、勤務評定や教育委員会関係者の評価が低くなったり、責任問題に発展するから、誰も責任をとらない」として、現在の教育制度の無責任性を指摘し、桐生のいじめ自殺事件を「親が学校に言い続けていたのに、対応が遅れたことが特に悪質」と批判し、「いじめはある」という前提で、「いかにそれを謙虚にとらえて、改善策をとれる仕組みにするか」と提言しています。

*「向き合う」
群馬県桐生市の小学6年生の女の子が自殺した事件。これまで「いじめはない」と言ってきた学校側が、昨日、校長先生が「いじめはあった」と訂正するとともに、「自殺との因果関係はない」と。あり得ない記者会見ですね。

今回の問題は、先生も教育委員会も誰も責任をとりたくない、いじめがあると報告したら、勤務評定や教育委員会関係者の評価が低くなったり、責任問題に発展するから、誰も責任をとらない、そういう構造の、つまり仕組みの問題なのです。いじめがあったことを報告したらバツをつけるのではなく、いじめがあったけど、それをこのように改善した、あるいは、このように未然に解決した、などで評価があがるようにすればいい。

今回の桐生市の問題は、親が学校に言い続けていたのに、対応が遅れたことが特に悪質。

私が総理なら、子どもの命を守るため、「もうこれ以上、一人たりとも子どもの命を失わせない。悲しい思いをする遺族をうまい。」という強い決意で、上記に書いたような仕組みの点検を即座に文部科学大臣に指示します。

http://eikei.jp/blog/2010/11/post_403.html

  1. 2013/11/06(水) 06:21:09 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
「小浜市教育長、桐生事件の学校側対応を非難」

2010年(平成22年)12月27日、福井県小浜市の森下博・教育長は、「群馬県桐生市小学校6年いじめ・自殺問題を考える」というコラムのなかで、「その場に居合わせていない第三者が具体的な状況もわからず、批評するのはどうかと思いますが、それでもあえて言いたい」と前置きし、「私が思うに、阻止できなかったのは、さらに自殺にまで追い込んだのは担任やその学校の教師たちに、何をさておいても『絶対いじめをやめさせる』という心の底からの決意がなかったからだと思います」と、桐生いじめ自殺事件における学校側の対応の不備を指摘し、「いじめに対する理解のなさもはなはだしく、教員としての基本的な資質にかけている」とまで述べて厳しく非難しています。その上で森下教育長は、「校長の態度如何で、いじめ防止は左右される」と、いじめ防止の成否は、校長の態度にかかっているとしています。教えられることの多いコラムですので、ご一読下さい。

*「群馬県桐生市小学校6年いじめ・自殺問題を考える」
その後の詳細な調査で、市教委として「いじめがあった」と報告しています。その理由として、「市教委は明子さんが普段から一人でいることが多く、他の児童 から明子さんを拒否するような発言があったことを学校が把握していなかった、と説明。見解を転じたのは、全校児童を対象にアンケートや聞き取りをした結 果、複数の児童から明子さんに心無い言葉が投げかけられていたことが判明したため」とされています。ここには学校関係者のいじめ問題に対する無理解と真剣 さの欠如が伺えます。「普段から一人でいることが多い」こと自体、教育的にどう理解すべきか、わかっていないのではないかと思います。みんなから、のけ者扱いにされているか ら、一人でいるのであって、自分から好き好んで一人でいる小学6年生なんていないと思います。給食を一人で食べざるを得なかったり、しかもそのことを教職員に訴えていたようです。両親に言わせれば、「くさい」と言われていたそうですし、5年の時には「フィリピン国籍の母親の容姿をからかわれ」ています。そして、「どんなに遠くても歩いていくから、転校したい」とまで親に訴えています。これらの事実をいじめとして把握できていないから、いじめでなく「人間関係の問題」というわけです。いじめに対する理解のなさもはなはだしく、教員としての基本的な資質にかけているといわざるを得ません。そこで、このような最悪の事態を回避するにはどうすればいいのでしょうか。校長の態度如何で、いじめ防止は左右されると、私は思っております。ですから、私は小浜市の校長先生方に言ってきました。せめて、ギリギリのところで、リーダーである校長の責任として、「いじめは許さない」と、はっきり言い続けてほしいと。校長の態度如何で、いじめ防止は左右されると、私は思っております。ですから、私は小浜市の校長先生方に言ってきました。せめて、ギリギリのところで、リーダーである校長の責任として、「いじめは許さない」と、はっきり言い続けてほしいと。

http://www1.city.obama.fukui.jp/obm/edu/soshiki/kotoba.html#kotoba17

  1. 2013/11/05(火) 19:14:06 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
「秦野市教育委員会、桐生事件での学校側の対応を批判」

2010年(平成22年)11月12日に行われた、神奈川県秦野市の教育委員会の会議録をご紹介します。

そこでは、給食の時に一人で食べていた事態の異常性と明子さんへの同情が示され、そのときの児童の気持ちがわからないような教員は辞職すべしと、桐生におけるいじめ事件に対する学校側の対応が痛烈に批判されています。そして、金子信夫・教育長は、「学校側の特に子どもの命を預かるような学校の教員は、鋭敏にそれに対して反応できるだけの感性を磨かなければいかん」と総括しています。ここには、教育行政を担う公務員としての自覚と自分たちに托された子供たちに注がれる暖かい眼差しがあります。

* 加藤剛・教育委員「桐生の事件に限らず、いじめに関する報道を見ていると、いじめを受けている子の親御さんが、いじめがあるということを再三にわたって働きかけても、最終的に学校は、いじめはないという認識だったという回答がよく見られると思うのです。教育関係の解説者が言うには、自分のクラスで、また自分の学校でいじめが起こったことを上のほうに報告したときに、自分のスキルの汚点になる、自分の落ち度であるようにとられる風潮があるので報告しづらいのではないかというような話がありましたが、秦野市では実際にそういうことがあるのかどうか」
* 金子信夫・教育長「今回の群馬の事件について、そういうことにならないように最善を尽くすしかないのですが、そうは言っても、まさかと思うようなことが起きないとも限らない。そのときの対応の準備もしておかないといけないということでは、学校の現場は常に緊張感と厳しさを抱えているということになるだろうと思います」
* 高橋照枝・教育委員「桐生の事件で、給食をひとりで食べているという報道がされていました。そういうときに、学級担任も目にされているはずなんです。そういう状態をどう考えてどう対処するかということで、随分当初の動きが変わってくると思うのですが」
* 三竹芳則・教育指導課長「ご指摘のように、『給食のときにひとりで食べたことはあったけれども、いじめはなかった』という報道は、非常に違和感を感じました。担任は当然何かしら彼女の中にあるという視点を持つべきだったと思います」
* 金子信夫・教育長「ひとりでぽつんと食べている子どもがいたときに、その子の気持ちがわかる担任かどうかということです。特に子どもの命を預かるような学校の教員は、鋭敏にそれに対して反応できるだけの感性を磨かなければいかんし、それが鈍いと自分で思ったら、鍛えて、治らないのだったらやめたほうがいい。それくらいの厳しさをもっていないとこの仕事はできないです」

http://www.city.hadano.kanagawa.jp/k-somu/kyoiku/kyoiku/hoshin/documents/221112.pdf

  1. 2013/07/27(土) 06:28:33 |
  2. URL |
  3. 市民の会のメンバー
  4. [ 編集 ]
役人がなぜつけあがるのか。
おっしゃるように下から目線でいるからでしょう。

ではどうやって叩くか。
権力の相互けん制もその一つです。
だから警察や司直の調べを入れることも
その一つです。
それから透明性を求めるために情報公開をすることも
それと並行して
市民が「行政任せ」をやめて
税金を払わないようにするのが究極ですが
NHK視聴料と同じように
既得権に居直る者の抵抗は強いということも
考えなければなりません。

  1. 2013/07/26(金) 22:14:17 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
下から目線で陳情なんてしているからつけあがる。
つけあがらせてきた歴史を変えなければ、同じことの繰り返し。
税金たんまりふんだくっている上に卑怯者なのだから、逆にこちらが上から目線で徹底的に叩くべき。

 管理者にだけ表示を許可する
 


.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。