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公教育はどのような人間を作ろうとしているのか

  1. 2013/07/28(日) 18:22:36|
  2. 市民の会の意見
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
一連の教師たちの行動を見て
根本的な疑問が湧いてくる。

いったい今の日本の公教育はどんな人間像を目指しているのか。

基本的に教育は保守的なもので
今までの親たちが受け継いできたものを伝承させる
リプロダクションである。

いまそれを親から子供への流れを断ち切って
国家や公務員が(役人が)
その代行をしようとしている。

その役人たちが「卑怯で卑劣で」あるならば
まぎれなく公教育はそういった人間を大量生産しようとしている。

論理的にはそうなるだろう。
自分らよりも「小さい器の」人間を作ろうとする。

その小さい器に耐えられない子供は、排除して
Massatsu suru

そういう論理が「期待される人間像」以来のこの国の
中教審を貫いてきたのではなかっただろうか。
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  1. 2013/07/28(日) 20:35:17 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
一言で言ってしまえば

“迎合する人間”を作ることを目的としている。

 管理者にだけ表示を許可する
 


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