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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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いじめを生む構造 ホームルームの現在を見る仮説

  1. 2013/08/27(火) 04:29:48|
  2. 市民の会の意見
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
現在の学級はある意味で日本の家族を反映していると言える。

①もともと公教育はイギリスで成立し、近代国家の国軍の兵隊と近代産業労働者育成のため
素朴で卑俗な民衆を国民に育成する使命を持っていた。しかし民衆はもともと勉強嫌いあったため
学習の効率化のため生徒を年令や進度別にクラス編成をした。classという英語が分類や階級という意味なのは知られているだろう。
②もともと年令も混合でグループ化もアトランダムな子供の子供社会ではそれなりにリーダー層がいて、また子供なりの規律もあった。しかし人為的に組織された集団を統率するために考案されたのが、子羊と牧師との関係をモデルにした牧師的な権威であった。ここに教師聖職論が発生する。
 「教師聖職論」は日本では、保守派にも進歩派にも支持されている。よく考えるとそのいずれも論理矛盾を含んでいる。日本の保守派はいわゆる国家神道を軸として日本国民の統合を謳っている。それならば「教師神主論」があっている。しかし日本神道には理論がなく教本もせいぜい古事記や祝詞であるが、これらは中身を読むと古代社会の近親相姦や獣姦などすさまじいインモラルの描写であってせいぜい聖徳太子の和の精神という漢心に頼らなければならない。そこで近代的な装いのあるキリスト教から都合よく言葉を借りているのである。
 マルクス主義者も聖職論を唱えるのは奇異なことであるが、マルクス主義も近代国家の成立、産業社会の発展に対応して成立した対抗思想であるから土俵として近代国家が前提とされている。そしてその思想の根幹として民主集中制という組織原則がある。その学級経営への応用が大西忠治などが率いた全国生活指導研究会の唱えた学級王国だ。不思議なのは、その名称が「学級共和国」ではない点だ。マルクス主義を隠すために王国という言葉を使う。ここにはレーニン、スターリンの謀略の匂いがする。

③ホームルームという言葉はアメリカ民主主義の明るいイメージを真似て採用されたと思う。戦後のクラスではよく話し合いが持たれて自主活動が重んじられた。これはプラグマティズム的あるいは草の根民主主義的なコミュニテイの自治的精神があったのだろう。しかしアメリカ社会とは自己主張しなければ生きていけない。言わないものは人間ではないというような個人主義に根差しているものである。だからクラスがホームであると言ってもウエブのホームページと同じようなもので日本の「あうんの呼吸」で物事が進む情緒的家族とは異なる。一昔前はアメリカが水洗であったのに日本はくみ取り便所であったような違いである。

④コンビニ24時間営業のホームルーム担任
おそらく今の日本の学級担任はコンビニ店主に似ているのだろう。
肝心の授業内容は、工場でできたお弁当やおにぎりと同じでちょこちょこと細工して市販テストをして終わり。
そのほか何でも売らねばならない。各種の標語、作文、絵画コンクール、書道コンクール、陸上リレー、集金、
学級だより、・・。みな安直なものでレンジで温めるだけ、そして本部の作る同一規格のものを売らなければならず、中間管理職の教頭やら主任が目を光らせる。だから児童も次第に陳列棚の商品に見えてくる。
これらはあくまで類推によるイメージなのだが、いまどき職人的に児童に接する教師は生き残れるのだろうか。

そんな状況からストレスを抱えた半分ケモノの集団を中に入って扱いきれないそのような学校環境を狡猾な児童はなめきっていて少々悪い事したってどうせ見ちゃいないと思うことから、学校外より危険な空間が出来上がっている。これはあくまでも仮説であるが。


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Re: 私の解決策は遠いかも

  1. 2013/08/28(水) 21:57:18 |
  2. URL |
  3. 市民の会
  4. [ 編集 ]
このブログを読んで、コメントを寄せていただき有難うございます。
本来教育は国民固有のもの、別にお金を払って任せなくとも自分たちでできることが多い
と思います。それに対して税金と言う支払い者の顔が見えないのをいいことにして
手抜きをしたり不正を見過ごすことで
多くの児童特に弱者がそのすきまで苦しんでいるというように
多くに事例に接することで見えてきました。
千差万別の意見があってけっこう。大切なのは関心を持つことを止めないことだと思います。

残念ながら、(幸いかも)いじめを受けた児童は今日入院しました。

私の解決策は遠いかも

  1. 2013/08/28(水) 15:15:45 |
  2. URL |
  3. tsuguo-kodera
  4. [ 編集 ]
 現状と歴史の分析と解説の今回の記事、分かりやすいと感服しました。難しい話を短くまとめていただき、ありがとうございました。
 今の、結果に対して、管理人様たちのしているように、緊急処置も重要。一般への広報と啓蒙も大事。大切さは良く分かります。
 喩えたら、110や119かも。緊急対応と即時処置が大事。四の五の言っている時間的な余裕は、被害者救済にありません。
 でも、弁護士は救急車が多いほうが嬉しいのかも。彼らに時間的な余裕はたくさんあります。手もたくさんあるはずです。だからこそ、事態は複雑化して、訴訟合戦すらありえるのかも。
 警察官や消防手は出動しないことが庶民にとってベストかも。それは、庶民が鼓腹撃壌している状態に近いのかも。
 課題もたくさん設定できるのでは。百家争鳴で。解決策なら100かける100の一万はあるかも。いえ、子供の数に近い解決策がありるはずでしょう。
 私にとって、解決策で、自信があるのはたった1つだけ。万能の解としてとならざるをえません

 でも、多くの日に、多くの子供に私の得意なことを一緒にしてあげること、保護者が立ち会う条件で。私は教職の無い、自由になる時間も少ない、定年退職者ゆえに。
 今回の記事も、勉強させられました。ベストを尽くします。でも、お役に立ちそうも無いのが、申し訳なくて仕方ありません。

  1. 2013/08/28(水) 08:37:20 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
中身がスカスカなくせに、“肩書き”にプライドだけ持ってしまうバカ。
それが教育関係者。
だったら、その“肩書き”を周りが“レッテル”に変えてしまえばいい。
「わあ、あいつ、教師だよ。なんて卑怯者なんだ」ってね。
上から目線で非も認めず、ふんぞり返ってきた報い。
おごれるものは久しからず、ってね。
制度は必ず劣化、崩壊する。多くは内部矛盾から。

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