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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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閉じた三角形 身分保障と身分不安定

  1. 2013/09/03(火) 00:19:07|
  2. 市民の会の意見
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
いじめ問題がいわゆる「漠然とした不安」や「現代社会のストレス」などという
抽象的な言葉で彩られ「みんなで防ごう」「絆を忘れるな」とかいうNHK的な文句で
ごまかされると問題の本質も解決策も見えてこない。

また特定の児童が過ちを犯し、特定の教師がそれを見過ごしまたは隠蔽することは、
まるでいじめを「自然現象化」して、犯罪者を免罪することにつながる。

公教育のばでおきたいじめの場合(私立学校も税金の補助を受けており半ば公教育化している)、
桐生市伊勢崎市二つの事件では、被害家族が外国籍で、雇用環境に恵まれず、言葉のコミュニケーション
の問題もあり、いわゆる社会的弱者である。
社会的弱者であっても、税金は源泉徴収や消費税等で支払っている。
一方、学校の教師や教育委員会の者たちは、身分、給与、退職金など手厚く庇護されている。

その両者が学校という権威をかぶった公的な器で三角形をなしていると考えよう。
タックスペイヤーである保護者やその児童に対して保護をしないで、時には排除する。
(ちゃりこ父さんのいう板橋区の学校の例を詳しく知りたい。)

この奇妙な三角形こそが弱者を圧迫する奇妙な構図ではないか。
いわばミョウバンの角のようにそれは弱いものをつつき続ける。

これこそ権力関係である。しかも江戸時代のお上のように自然にある身分制のように機能している。
こういう大小無数の権力構造をいちいち壊していかなければならないと思う。
ときには三角を逆転させてミョウバンの角を彼らに突き刺さるようにしなければと思う。

それは可能である。

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  1. 2013/09/03(火) 09:29:36 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
追記・ちなみに、『黙示録』シリーズは、リアルタイムでいじめをうけている子供の叫びを叙事詩化したもの。
ちゃりこの旅行記物語と併せて“文部科学省選定図書”にでもして、感想文でも書いてもらいたいものだ。

  1. 2013/09/03(火) 08:36:37 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
“絆”なんて、結べる人としか結べない。
平時から嫌がらせばかりしている生き物と“絆”なんて結べない。
ただ、いくら教育関係者という子供の周りをウロウロしている生き物が腐りきっているといっても、世の中には、親切や優しさは満ち溢れている。それを確かめに、感じにいくのが、私達の旅である。

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