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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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権力は絶対的に腐敗する いじめ問題へのアプローチ

  1. 2013/09/07(土) 13:26:54|
  2. 市民の会の意見
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
私もちゃりこ父さんの意見に基本的には賛成ですが、現実性のある解決策を考えた場合、捉える角度が少し異なると思います。
「権力は絶対的に腐敗する」というのはルソーの言葉であると思います。あなたのコメントはそれと立場を同じくすると思います。だがしかし、原始時代の人間社会(自然状態)から、文明の方向性は分業と協業を通じて「市場を通じての労働の交換」をへて発展して来ました。
そしてある組織は、社会契約を通して限られた範囲で権力の委任と税なの財の委託を得ると思います。
そこに形としての民主主義の(市民社会の)ルールがあるとおもいます。(だから権力者が委託者に背いた場合には市民には革命権があるという当然の帰結があります。)
また組織の作り方でももともと権力の源泉は会員であって指導者や官僚(事務局)は総会で選ばれ、総会に報告し承認を得るという原則があります。これらは擬制的な民主主義と言ってしまえばそれまでですが建前としても効果を示すこともできます。
例を示せば、以前の「支援する会」がその悪い見本でした。「支援する会」は、最初に事件を担当した弁護士が、ある革新政党系の顧客に呼び掛けて結成した組織で、結成総会を開き会則を決め世話人会13名、代表世話人3名、事務局を選び活動を始めました。しかし肝心の弁護士が途中から(実は最初から争う意思はなく)いい加減な裁判官の仲介で相手側と和解に走ると、代表世話人3人(うち2名は元高校教師、1名は元生協理事)が、世話人会を上意下達式にかじ取りしようとして、国民救援会の群馬県支部は参加を手控えるようにし、挙句は世話人の一人を除名し、総会も開かず解散しました。
これを見るに民主主義の否定は会則さえも無視し、秘密会で独裁することで行われることが分かります。

その教訓を得て市民の会は、むしろ昔の自発的な集まりの発想で進められています。つまり市民の一点集中的な会ですので、このいじめ裁判をサポートすることだけで、集まり、指導者を持たず連絡係だけです。このブログも会員の総意ではありません。「草の根」という言葉も英語を訳しただけなのでぴったりはしません。
その狙いは市民という言葉が本来持っている「権利の主体であり、意見を主張できる個体」であることです。
ですからジェントルハートと比べればブレイブハートと言ってもよいと思います。

(以下はちゃりこ父さんのコメントより抜粋)
ー制度や組織というのは、本来、人々の暮らしが良くなっていくために、と企図して作られるものです。
しかし、どんな制度も組織も必ず劣化する。そして、やがては、その制度、組織を維持していくことを最大の目的としてしまうようになる。なぜか、それは、制度、組織が存続することによって利権が生じ、それを手放したくない、利用したいゴミのような人間がいるからである。人の上に立ったつもりになって自己実現したつもりになって他人を支配、管理することを是とする愚かな人間がいるからである。不祥事があっても、正当化、組織防衛のためには手段を選ばず、と、加速度的に卑劣になっていく。
いちばん弱い人間(たとえば、いじめにあった子供)に寄り添うのでなく、立場の悪くなった者(たとえば、いじめ隠蔽していた教師)を庇うなどにはしる日教組などはその典型。ー

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開かれたスペース

  1. 2013/09/08(日) 19:24:12 |
  2. URL |
  3. 市民の会
  4. [ 編集 ]
忠武飛龍さま

このブログはいじめ問題について開かれたスペースです。コメントは今まで開示しています。(反対する立場のものも)排除していません。

できれば今の制度の範囲内でも、あらゆる方法を使っていじめを排除する、いじめの隠ぺいを許さないことを検討すべきだと思っています。
また今の制度にこだわらない学びの場をつくることも意見や経験を交流すべきだと思っています。今後もコメントをお寄せください。
掲示板も作ったつもりですがあまり活用されていません。
また俗ですが「拍手」も記事の反応を知る上でご協力いただければと思います。

  1. 2013/09/07(土) 20:09:44 |
  2. URL |
  3. 忠武飛龍
  4. [ 編集 ]
初めまして。

ちゃりこ父さんの紹介で、こちらを拝見しました。

私も、この会の今の在り様は良いと思います。

が、まあ、御存じでしょうが、個々の人の不断の努力と識見があるから、素晴らしい組織が維持できているのだと思います。

きっと学校って組織も、この会のようなものなら、いじめも無いか、あっても心身への障碍や死者がでることなく解決すると思います。

組織が固まると、その組織自体の存続が目的になり、いじめも不正も放置されます。
どの組織もそうなる傾向をもってますが、指導者や構成員の不断の努力と「日々新たなり」の謙虚さと誠実さが、組織の腐敗を防ぐ唯一の方法に思えます。

学校はあまりに組織として「固定化」しすぎてます。

「学校の存続」が「子供の健やかな成長」よりも重要になってしまっているのですよね。

そのような学校から、抜け出せた子は幸いですが、そのような寄生虫にいまだ多くの子供たちの人生に寄生され、多くの健康と人生を奪ってます。

なにための学校か?教育か?それを問い直すべき時期でしょう。

また伺います。

再見!

  1. 2013/09/07(土) 14:54:28 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
社会契約を守っていない権力機構が、それでも優位な立場で、守っていないことさえ隠蔽する、被支配層を脅し(学歴社会)騙して(隠蔽、捏造、正当化)いるのが現状でしょう。革命など起きるわけない、契約不履行など訴えられるわけないと。
私達が全国を走っていろんなことを訴えても、奴らには痛くもかゆくもないでしょう。感じようという心がないのだから。でも、語らなくなったらおしまいでしょ。確かに現実的でないと批判もされるでしょ。自転車で走ることなんてね。でもね、奴らにとって目障りな存在であり続けること、それが圧倒的な正義だと思っている。
あとね、擦りよってくる、変なカルトみたいなのいるでしょ。前に騙した奴らってそんなのだったんでしょ。全国のいじめ被害で戦っている人の中にも変なのはいるからね。
そういう意味でも、ここの人たちは信用できそうだと思ってたら、一点集中、というから、よかったと思うよ。
とにかく、私達は明子さんのことは忘れたくないんだ。

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