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ゆとり教育という言葉のマジックと文部官僚の傲岸

  1. 2013/09/14(土) 22:17:02|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
tsuguoさんのコメントの最後の部分で「ゆとり教育」に触れていました。
これについて書きます。

まず市民が教育やこどもの世話さらに言えば子供の時間を国家に渡すという発想を
取り除かないと永遠に「ゆとり」と「学力」という振り子は振り続けられるでしょう。

子供の時間という黄金の時期を、ひからびたコンクリートの箱に詰めておいて
どちらかといえば、人間的にも貧相で学力も高くない公務員教師に飼育させるという
発想は、動物園の檻に入れて曲芸を仕込むか、疑似的なサルの山を作ってあそばせるかという
議論だと思います。

実際にそんな教育をしているのは世界中で、日本や韓国(多分)だけでしょう。

私が知見した範囲で、フランス、アメリカ、南米の国では、小学生が学校に拘束されている
時間も義務範囲も限られていました。
道徳なんて宗教教育の課題です。
入学式だって整列、訓示は少ないはずです。

いろいろ枚挙すれば、教育課程全般の見直しなりここで展開することはできませんが・・・。


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ゆとりあるなしより、今は壁あり

  1. 2013/09/15(日) 09:12:43 |
  2. URL |
  3. tsuguo-kodera
  4. [ 編集 ]
 良く分かりました。
 ゆとりの無い、仕事を持つ、小学生のお母さんと、私はバドをして、遊んでいます。お母さん方が部活ではなく、好きなタイミングでお子さんにバドをしてあげた、将来、バドを通じて色々なスポーツや新しい出会いがあることを期待して。
 結果的に私はゆとり教育時代は、ゆとりなし活動をしてきたようです。
 今は半数近くの、バド仲間のお母さんは、部活が忙しい、子供が勉強も部活以外のスポーツもできないと嘆いています。日曜日でもバドに子供をつれてこられるのは極めて一部のお母さんです。
 今は多くのお子さんがゆとりなし。部活で自己実現を図っている部活顧問の弟子たちなのでしょう。家の周辺では、そのように見えてしまっています。他のところは知りませんが。
 部活脱落者だった私がもし今ここの中学生なら、先生や顧問に真っ先に指導され、優等生や周囲からダメだしされてしまうかも。ダメ人間と周囲から洗脳されて、イジメラレッコになりそうな候補者になるかも。
 生憎、今まで乱暴者だった経験があり、外部の対応に応じて、今はこちらの反撃策も考えられる、と思っています。
 ですから、当方の部活失敗談や手抜き勉強法などを多くのお母さんに、バドの休憩時間に井戸端会議にさんかして話しています。声の届くところは5m範囲ですが。
 しつこく管理人様ののブログに書き込んでいるのは、ひょっとしてここなら広い方々にこのような年寄りの経験談が届くかもと期待したからです。
 勝手ばかり言いますが、これからもよろしくお願いいたします。

  1. 2013/09/14(土) 23:16:01 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
単に、支配、管理、洗脳、するための言葉の道具。

私が力説している、「残された子供たちの心のケア」という言葉は
「残りたい自分たちの体裁のケア」が本当のところであるというのに似ている。

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