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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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リアルタイム

  1. 2013/09/21(土) 11:20:16|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
すみませんちゃりこ父さんのコメントを転載します。
リアルタイム

以下引用
「申し訳ないんだけど(実際には、ちっとも申し訳なくなんてないよね、ただの良識的な挨拶だよ)、聖書の言葉やなんかは、リアルタイムで学校に苦しめられている子供たちには何の役にもたたないと思う。
視点を、リアルタイムで苦しんでいる子供に置けないからたくさんの子供がなくなってきた。
苦しんでいたときの明子さんに聖書を説いて、どうにかなっただろうか。
学校なんていかなくていい世の中を、少なくとも行かないことで不利益を被らない世の中を作っていくべきだし、今まで何の根拠もなく、威張り散らしたり、悪行三昧だった教育関係者はスケープゴートにされても仕方ないと思う。」
以下私見
「何の根拠もなく、威張り散らしたり、悪行三昧だった教育関係者」聖職者どころではない偽善者。
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  1. 2013/09/22(日) 12:27:02 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
引用「聖書の言葉やなんかは、リアルタイムで学校に苦しめられている子供たちには何の役にもたたないと思う」

それは場合によります。あなたは信仰を持たないご自分の立場から他を推し量っているのでしょう。あなたは、フィリピン人であるお母様がカトリック信者であり、桐生カトリック教会で明子さんの追悼ミサが行われたことをご存知ですか?

http://blogs.yahoo.co.jp/cjc_skj/28755295.html

  1. 2013/09/22(日) 09:01:42 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
「粘着質に絡んで」というのは感情でなく、分析。
「憎悪は不毛」というのは分析ミスであり、しかもステレオタイプすぎて「先生がそんなことするわけないでしょう」と同じくらい無根拠。
教育関係者全般に対して、というのは、私のブログでも隅から隅まで読んで、教えを叩きこんでから発言して欲しいものだ。
で、特に議論をする気もないし、私は上村明子さんを忘れたくないだけ。同じような子供が出て欲しくないだけ。

  1. 2013/09/22(日) 02:08:29 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
ちゃりこ父さん、こんばんは。

あなたの「スタンスを変えよう」とはまったく思っておりません。「あなたがいくら粘着質に絡んできても」などという感情的前置きがあるのも不思議です。私はそのような前置きを一度もしておりませんから。

詭弁でもなんでもなく、内部的差異を不問に付した憎悪は、まったく「顔」を持たず不毛であり、「教育関係者」一般などどこにも存在しない、存在するのは、資質も能力も異なる個々の「教育関係者」だという、ごく常識的な指摘をさせて頂いているだけです。つまり、「教育関係者」AやBのこれこれの点が不都合だということは出来ますが、「教育関係者」一般などどこにも存在しないということです。これは、スタンスや道徳とはまったく関係ない問題ではないでしょうか。

  1. 2013/09/21(土) 21:53:22 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
サルトルの言葉でいじめられている子供が助かればいいね。
あなたがいくら粘着質に絡んできても、私のスタンスを変えようというのは傲慢にすぎるし、「教育関係者」と「フィリピン人」という、意思の働いているカテゴリーと意思の働かないところで決定されたカテゴリーを一緒にするのは、全くの詭弁だね。
とにかく、ご自分の持論はご自分でどうぞ。
私に対しては全く説得力なし。

  1. 2013/09/21(土) 21:21:28 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
ちゃりこ父さん、こんばんは。

これでは、「教育関係者」のところに「行政関係者」「医療関係者」「法曹関係者」を代入しても同じで、何ものも意味しません。こういうスタンスで、いじめっ子が上村さんを「フィリピン人」という抽象的カテゴリーで捉えていた観点をどうやって批判できるのでしょうか?憎悪や軽蔑の言説は、常に「抽象的」という性質を持っています。「教育関係者」も「フィリピン人」も十人十色であり、ちゃりこ父さんは「リアルタイム」という言葉を繰り返し使われていますが、ご自身の議論は少しもリアルではなく、「飢えて死にゆく子に文学は無力だ」と述べたサルトルの言葉と同様にリアルではありません。いじめを根絶する第一歩は、例えば「教育関係者」などという抽象物に憎悪を募らせることではなく、抽象的な憎悪の言説を無力化することでしょう。「飢えて死にゆく子に文学は無力だ」とサルトルが本気で思っているなら、飢えて行く子供に食物を届ければいだけでしょう。しかし、貧困を生むシステムそのものが手つかずなら、飢え行く子供はこれからも次々と生まれます。ですから、「飢えて死にゆく子に文学は無力だ」などという言葉は、それを読んだ者が「サルトルって情がある良い人なんだなあ」と思わせる効果だけの、この上ない偽善的な言葉なのです。多少なりとも異議があるやりとりが出来るか否かは、こうした消息を理解できるか否かにかかっていると思います。

  1. 2013/09/21(土) 12:28:35 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
付け加えますと、「ただの良識的な挨拶」云々の部分は、教育関係者、という良識的でない生き物に対しては、私は良識的な対応はしてあげませんという意味がこめられています。

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