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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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市民の会のスタンス

  1. 2013/09/21(土) 22:19:11|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:15
ベルナールさんのコメントについてはコメント欄を見ていただきたいのですが、
ここでは気になった点を述べます。

市民の会としては、市民や国民は必ずしも道徳的に高潔でなくとよいと思います。
ただ社会のルールに則って生きていれば。

いじめの被害者に道徳を説くのも方向違いで
加害者や監督者にそれを説くべきでしょう。

市民の会は弱者の立場、納税者の立場、非権力者の立場に立って
違法者、税金で養われている人、権力行使者を監視し、追及する者であります。

日本の学者、へぼ左翼、オカルトのような内部浄化的な査問やつるしあげはしません。

あくまでも他人が話し合っているわけですのでその点を踏まえてください。

関連記事
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  1. 2013/09/26(木) 06:05:09 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
現在進行中の裁判は、単に北関東のローカルな事件に留まらないものを含んでいます。この裁判では、日本がいかなる国か問われています。日本に住む何人も、その生存権と教育を受ける権利を等しく享受しています。ジャッジメントとは、報復とは異なります。ジャッジメントとは、法の支配を再確認し、正義を回復することです。

特にさまざまなメディアにアクセスできる、日本の知識人とジャーナリストのみなさん、この裁判の帰趨に注目して下さい。ほんのわずかの想像力で足ります。自分の子どもが毎日のけ者にされ罵詈雑言を浴び、一人離寂しく死を選ばざるを得ない状況に追い込まれたら、いかなる思いをするでしょうか。パティシエになりたいという夢を抱いていた幼い少女の孤独と絶望を思ってみて下さい。

この事件は海外にまで報道されています。アジアが、世界が、この裁判の結果に注目しています。外国人の子弟の生存権と教育を受ける権利を享受できないことが当然となれば、日本は世界に面目を失うことになります。

もう一度繰り返します。この裁判は、「日本がいかなる国か」が問われている重大な裁判です。

Re: タイトルなし

  1. 2013/09/25(水) 23:34:45 |
  2. URL |
  3. 市民の会
  4. [ 編集 ]
> 要するに、カトリックの宣伝をしたいのか

今後自分の主張をしないこういう無意味なコメントは拒否の対象としたいも思います。

  1. 2013/09/25(水) 21:59:21 |
  2. URL |
  3. 無名
  4. [ 編集 ]
要するに、カトリックの宣伝をしたいのか

意味不明

  1. 2013/09/25(水) 21:41:29 |
  2. URL |
  3. 市民の会
  4. [ 編集 ]
> 私は皆さんのようにアタマガヨクナイので他のイジメや自殺の話題に口を挟む事はしません。
立派にカタカナも漢字も書けるし、それに口をはさんでいるじゃないですか。
人のコメントにケチをつけるのは得意ですね。

  1. 2013/09/25(水) 18:32:11 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
ああ、それは良かった。川崎市内のカトリック貝塚教会の主任司祭の本柳孝司神父は、特に東南アジアの人々への差別問題解消の先頭に立っておられますね。

Re: タイトルなし

  1. 2013/09/25(水) 18:09:50 |
  2. URL |
  3. 市民の会
  4. [ 編集 ]
> 「日本の学者、へぼ左翼、オカルト」という位相の異なる三つカテゴリーの由来がさっぱりわからないのですが、この桐生の事件で各種報道で書けているのは、これが出発点においてレイシズム(人種差別、民族偏見)の問題だということで、数ある「いじめ」事件でも特異だと思いますね。言うまでもなく、自殺を禁じているキリスト教の教えを前提があるのに、明子さんの事件について格別の留意をした桐生カトリック教会の姿勢は見上げたものです。実際の葬儀が父方の宗旨の仏式であったのに、仏教者がほとんど発言していないのが奇異ですが。カトリシズムは理詰めなので、日本で一般に「宗教」に抱かれているオカルトめいたものとはまったく違います。加藤周一だってカトリックですからね。
まったくカトリック教徒に偏見はありません。フィリピン人の信者は(特に川崎の)署名やカンパをしていただきました。
しかし鈴木教育長もカトリック教会のメンバーだと思います。
また、市民の会には仏教信者もいて被害家族のサポートをしています。
天理教の人は地元のデマを信じていました。

  1. 2013/09/24(火) 21:29:48 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
「日本の学者、へぼ左翼、オカルト」という位相の異なる三つカテゴリーの由来がさっぱりわからないのですが、この桐生の事件で各種報道で書けているのは、これが出発点においてレイシズム(人種差別、民族偏見)の問題だということで、数ある「いじめ」事件でも特異だと思いますね。言うまでもなく、自殺を禁じているキリスト教の教えを前提があるのに、明子さんの事件について格別の留意をした桐生カトリック教会の姿勢は見上げたものです。実際の葬儀が父方の宗旨の仏式であったのに、仏教者がほとんど発言していないのが奇異ですが。カトリシズムは理詰めなので、日本で一般に「宗教」に抱かれているオカルトめいたものとはまったく違います。加藤周一だってカトリックですからね。

削除はしません

  1. 2013/09/24(火) 20:38:15 |
  2. URL |
  3. 市民の会
  4. [ 編集 ]
ちゃりこ父さんへ
もちろんコメントの削除はしません。
大筋において市民の会のスタンスと同じですし、市民の会は裁判支援もいじめ被害者へのサポートもしています。
かといって宗教者の書き込みも受け付けます。
ただ前にも書いたようにヘボ左翼が犯した誤り、味方(たぶん)を批判して空中戦しないで、そのちからを加害者側や権力側へ向けたいものです。

  1. 2013/09/24(火) 13:09:14 |
  2. URL |
  3. 地元住民
  4. [ 編集 ]
私は皆さんのようにアタマガヨクナイので他のイジメや自殺の話題に口を挟む事はしません。
なぜなら明子さんの出来事を間近でみていて
世の中に発せられた情報だけが全てではないと痛感しているからです。
なので明子さんの出来事だけに限った話しかしませんが、
皆さん学校だけでのいじめを前提での討論だと思いますが
学校だけでのいじめだったら行かない選択をすればとりあえずは逃れる事はできますけどね。
新聞などの記事によれば、社会科見学後の明子さんの訴えに、父親はもう学校へは行かなくていいと言ったはずですし、明子さんも喜んでいたはず。亡くなった翌日の日曜日には隣市の不動産へ物件を見に行く予定だったと。
なのに彼女は亡くなってしまった。
あんな狭い場所で。
ありえないだろうと思うような場所で。
明子さんの苦悩はリアルで彼女を見知りしていないあなた方にはきっとわからないと思います。
まぁ。
言った所で誹謗中傷のレッテルを貼られていますので信憑性はないと思われると思いますが。

壮大なスケールの、
実現不可能な理想論を繰り広げるのも結構ですが
登下校の生徒を見守ったり
地域で積極的な声掛けをしたり
もっと身近な子供たちに目を向ける事の方が必要なんじゃないでしょうか?

必死になってコメント討論をしている目の前を、
今まさに悩んで迷っている子供が通り過ぎているかもしれませんよ。

  1. 2013/09/24(火) 10:22:00 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
グニュグニュ屁理屈こねるよりも、子供に力をつけさせること、子供にまとわりつく悪を退治する“実践”が大事。
宗教とか、神様って、人間が作り上げたものだからね。
定着したものを、定着したという理由だけで崇めてしまうのが、人間の腐敗への第一歩。
定着した宗教も、実体験からの私の教えも結局は人間が作り上げたもの。
腐敗していないだけ、実践しているだけ、ましなのは確かだね。

削除するなら、書き込み、やめましょうか?
私達としては明子さんを記憶に刻んでおくだけでもいいんで。

  1. 2013/09/23(月) 11:04:22 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
* 内田樹の「ぽかぽか相談室」第8回
http://gqjapan.jp/2012/11/20/pokapoka8/

内田さんのイジメに関する分析も、基本的にルネ・ジラールの理論に依拠していますが、「今のイジメは供犠ではありません。対象がもう有徴ではなくなったから。排除対象の選定基準がないんです」という主張には疑問なしとしません。ハーフや外国籍の子供がターゲットになりやすいというのは、現在もあると思います。それは、有名なロック歌手の川村カオリさんの自伝『Helter Skelter』(宝島社)を読んでも、高橋美桜子さんの事例を考えても明らかではないかと思います。

http://yaplog.jp/mioko_friends/

ただ「全員が(程度の差はあれ)『自分はこの集団に十分には帰属していない。いつ排除されるかわからない』という不安の中にいる」という内田さんの指摘はその通りで、級友が注意できない理由の最大のものは、もし注意すると、今度は自分がいじめの対象になるのではないかという恐怖が全体を支配しているのではないかと思います。

学級崩壊がいじめの温床というのはまったくその通りで、先のルネ・ジラールには『このようなことが起こり始めたら…』(法政大学出版)という意味深長のタイトルの対談集がありますが、「学級崩壊のきざしが見えたら、そのつぎにはいじめが起こるだろう。そして、真っ先にいじめの対象は、平均像から偏差があり、それが目に見える形で有徴化されている子供が狙われるのではないか」という洞察力が担任にあれば、特に外国籍の子供には格別の注意が払われたと思います。いま担当クラスを持つ教員に求められているのは、漠然とクラス全体を俯瞰するのではなく、学級崩壊のわずかなきざしでも見えたら、つぎに何が起こるかを予見する能力ではないでしょうか。

  1. 2013/09/22(日) 22:21:09 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
「最も」優れた、って、あまりにも独断と偏見にすぎますね。
その言い方も、感情的にすぎるし。

  1. 2013/09/22(日) 21:29:10 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
いじめの実例をふんだんに紹介し、平易な言葉で書かれているので、「かいつまんで」説明することはできません。

Amazon の書評も、実に正鵠を射ていて、いじめに関する共通の関心が輻輳しています。そちらの方が「かいつまんだ」説明になっているかもしれませんが、直接の説明というより、読後の雑感としてお読み下さい。

明子さんの時代の公立小学校では、『心のノート』が道徳読本として持ちいられていましたよね。この「ココロ主義」は、政治的・経済的あるいは社会的関係の束である人間の問題を、道徳や心構えの問題にすり替えているところです。いわゆる小泉・竹中改革によって一方で弱肉強食の市場原理主義を唱えて互いに足を引っ張り合う競争を扇動しながら、人々を「ココロ主義」という煙幕によって政治的・経済的あるいは社会的関係から目をそらせているわけです。いじめ事件が発生すると、大抵学校側は「思いやりを持ちましょう」とか、「あいさつがけをしましょう」とかいう展開になりますよね。これこそが、役立たずで無力な「ココロ主義」のきわめつけです。いじめの問題は、グループ・ダイナミックスの問題であり、心の問題ではないのです。

加野氏は、主にフランスの社会学者のルネ・ジラールの理論を援用しているのですが、ジラールはそもそも聖書に依拠しているわけですから、先に私がご説明したのと似通った議論になります。「学級崩壊」と呼ばれる共同体の危機的状況は、要するに平等を目指す集団における摸倣衝動の相互性のなかで暴力衝動が充満している状態です。そしてこの状態の危うさが暴力を排出するためのいけにえとして、いじめの対象を要求するわけです。「世間」とか「空気」とかいう言葉が象徴しているような平準圧力が特に強い集団のなかで、いけにえとして選ばれるのは、「〜といったものが普通である」といった中央値から大きく偏差したものが選ばれます。旧約のエレミアが「寄留の異邦人、寡婦、孤児」を格別の保護の対象に指示したのは、直感的にそのことに気づいていたからでしょう。上村さんが「外国人、女性、子供」という属性を帯びていたのは偶然ではありません。

多くの場合に学級崩壊がいじめに先行しているのは当然のことなのです。学級崩壊とは、相互摸倣の応酬によって暴力衝動が沸点に達し、互いに似通ったものに、つまり分身のようになった状態です。これは、終わりのない暴力の応酬は、この衝動を排出する共通の敵によってしか維持できず、欧米やイスラム圏のような超越的な参照系を持たない場合は、ますます残忍さを加えます。

ですから、いじめを生起させないためには、まず学級崩壊を防ぐことが肝要でり、誰もが参照すべき「法」がここで要請されます。旧約聖書の世界は、新約に比べてとかく律法づくめの堅苦しい世界と考えられがちですが、この律法は共同体を崩壊させないための実践的な知恵なのです。「法」の要請とは、超越的な参照系を設定することによる、私的な報復の全面的禁止です。

子供たちにジェントルハートを求めても、いじめの抑止にはなりません。すべての日本人が守るべき憲法26条(すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する)及び教育基本法第四条(すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない)という参照系が存在するのですから、この法規によって、他者の権利を侵害した生徒は、早い段階で停学処分にすべきなのです。

>「エキセントリックに叫んでいる」市民の会としては、知りたいものです。

どうも正確に読まれていないような気がするのですが、要するに「そう思われたら」保身と隠蔽に腐心している連中の思うつぼだから、相手が軽蔑すべき対象と思われるなら、いよいよクールな戦略が必要ということです。あなたが理解されているのとは、真逆なことを述べているわけです。

>研究者の材料として「いじめ問題は」貢献しましたが 研究者によって解決された話は聞いていません。

「ココロ主義」の克服の方向を示しただけでも、十分な進歩だと思います。

どこが優れているのか?

  1. 2013/09/22(日) 17:48:52 |
  2. URL |
  3. 市民の会
  4. [ 編集 ]
> 桐生の事件を含むいじめ問題を扱っているもっとも優れた研究書はこれです。
>
> * 加野芳正『なぜ、人は平気で「いじめ」をするのか?-- 透明な暴力と向き合うために』日本図書センター、2011年 ISBN 978-4284304467
>
> 副題に「感情やスローガンでは解決できない!」とありますが、まさしくその通りです。「教師が悪い」「学校制度が悪い」等々、百回繰り返しても千回繰り返しても、そのようなスローガンだけでは、これから際限なくいじめはおこるでしょう。
>
> それは、「ほら、ああいうエキセントリックな連中が騒いでいるだけだよ」という言質を保身や隠蔽に腐心する連中に与えてしまい、連中の思うつぼです。いじめがどのようなプロセスを経て生起するかを見極めることなしに、いじめの諸契機を解除することはできないでしょう。
>
> この加野芳正さんが、学校のカウンセラーだったら、確実にいじめは根絶できたと思います。

すみません。この本のどこが優れているのかをかいつまんで教えていただけませんか。
エキセントリックに叫んでいる市民の会としては、知りたいものです。
書評でなるほどと思えば購入しますが、研究者の材料として「いじめ問題は」貢献しましたが
研究者によって解決された話は聞いていません。

  1. 2013/09/22(日) 17:33:26 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
桐生の事件を含むいじめ問題を扱っているもっとも優れた研究書はこれです。

* 加野芳正『なぜ、人は平気で「いじめ」をするのか?-- 透明な暴力と向き合うために』日本図書センター、2011年 ISBN 978-4284304467

副題に「感情やスローガンでは解決できない!」とありますが、まさしくその通りです。「教師が悪い」「学校制度が悪い」等々、百回繰り返しても千回繰り返しても、そのようなスローガンだけでは、これから際限なくいじめはおこるでしょう。

それは、「ほら、ああいうエキセントリックな連中が騒いでいるだけだよ」という言質を保身や隠蔽に腐心する連中に与えてしまい、連中の思うつぼです。いじめがどのようなプロセスを経て生起するかを見極めることなしに、いじめの諸契機を解除することはできないでしょう。

この加野芳正さんが、学校のカウンセラーだったら、確実にいじめは根絶できたと思います。

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