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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

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学校と教委の一元化と責任回避 ちゃりこ父さんのコメント

  1. 2013/10/19(土) 09:01:34|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
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担任~校長~区教委(市教委)~都教委(県教委)~文科省 この構図はいつも同じ。自分に都合の悪いことを報告なんてしないよ。だから、いじめ自殺ゼロ年なんてのが、報告上は何年も続いたんだよ。担任は自分の都合の悪いことを校長に報告しない、校長は自分の都合の悪いことを区教委に報告しない、区教委は都教委に報告する義務すらない。強制指導の権限さえないんじゃないのか。任免権のあるところに服務監督権がないといういんちき教育行政だ。個人の部分で、まず隠蔽を図る。続いて、報告が仮にあがっても、組織が上部の組織に報告しない。うちのケースなんて逆ギレした役人がいたよ。「そんな報告は受けてません」ってね。でもね、部下が上司に報告しないのって、そんな部下しか育てられない上司の指導力不足なんだよ。そんなことさえ奴らはわからず、現場でどんどん子供が傷つけられ、あるいは死においやられる。あとは、教委の二重行政という隠れ蓑、責任逃れ逃げ道を残しておくから、人間のくずみたいな教師がはびこる。服務監督権と任免権を分離しておいて一切の責任を持とうとしない。学校も教委も全廃するべきだが、百歩譲ってあの腐れ外道のような職種を残すとして、この二重行政、責任逃れ逃げ道を封じ込めないと、「いじめなんたら法」なんておためごかしのものでだまされておしまいになるよ。そして、次から次へと子供が殺されていくのは変わらないだろう。それと、教育関係者って、ブラックなブログをたくさん書いてるね。元校長とか、元教育長とか、卑劣なバカがこれだけ子供を殺しておいて独善的な理論にもならない理屈で自分たちのことを正当化している。反吐がでるね。
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