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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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カウンセラーは、注意を与えるべき相手を取り違えている 10月28日のコメント

  1. 2013/10/29(火) 22:12:09|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
まったくブログ主さんのご指摘の通りで、カウンセラーは、注意を与えるべき相手を取り違えていると思います。

「『いじめに真摯に取り組み、注意義務を尽くしてきた』とは本当か?」

同級生たちから「明子さんは、臭い、きもいと言われる。転校したいと言っている」と聞いたカウンセラーは、証人尋問において、「これには、お風呂に入るように指導した」と述べていますが、これほど不適切な「指導」はないでしょう。

おなじくハーフとして生まれ、中学校でいじめに会い自殺した高橋美桜子さんも同級生から毎日のように罵詈雑言を浴びていましたが、そのときに浴びせられた言葉も「うざい」「きもい」「死ね」「臭い」「学校に来るな」等々であり、これは他の多くのいじめ事件においても同じです。つまり、いじめにおいて、加害者が被害者に投げかける貶下語(pejorative)は、被害者から存在価値を剥奪するために列挙されているだけで、一つ一つの言葉に指示対象があるわけではないのです。

このカウンセリングにおいては、 1) 列挙される貶下語を実体として捉える。2) いじめにおいて被害者にも非があると考える、という二重の判断の誤りが犯されています。

いじめと言う現象に対する考察に関しては、「四層構造論」(森田洋司)から「供犠システム論」(加野芳正、野村洋平など)まで多様ですが、学級内でのグループ・ダイナミックスによって起こるという指摘は一致しており、いじめは、ジェントルハートを持たない児童生徒による弱い心を持った同級生への不適切な働きかけではないのです。

明子さんへのいじめは、6年次に始まったことではなく、4年の3学期、すなわち2008年(平成20年)であり、その訴えに対して、担任は「時にはいじわるをするつもりはなくとても乱暴なことばを使う人もいるので、あまり気にしすぎないよう話し」ています。この場合、「乱暴なことば」「気にしすぎる」明子さんの弱い心が前提とされていますが、まさしく無力な「ココロ主義」の典型と言えるでしょう。また、加害者ではなく被害者に訓戒を与えるという点でも、注意を与える相手を間違っているでしょう。

元校長は、会見で、「5年生の時に母親から『いじめられた』という訴えがあったことは確認できたが、明子さんの勘違いだった。明子さんからいじめに関する特別な相談はなかった」(『毎日新聞』2010年11月2日付)と説明しており、この発言が事実であるとすると、先の4年の3学期のいじめの訴えは、校長にも教育委員会にも報告されていません。また「勘違い」という言葉使いからもわかるように、元校長は転校直後から始まっていたいじめを見逃したばかりか、いじめの訴えそのものを軽視しています。

あまり知られていないことですが、文部科学省は、2006年(平成18年)10月19日、全国すべての小中高等学校の教職員に対して「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」という通達を出し、同時に「いじめの問題への取組の徹底について」、全国の初等中等教育長に通達して、その趣旨の徹底を求めています。先の担任と元校長のいじめの訴えへの対応は、先の通達の「いじめの訴え等を学級担任が一人で抱え込むようなことはあってはならず、校長に適切な報告等がなされるようにすること」(II-1-(1)-a-4)、及び「いじめの兆候を発見した場合において、いじめられる児童生徒からの訴えが弱いことを理由に問題を軽視したり、いじめる側といじめられる側の主張に隔たりがあることを理由に、必要な対応を欠くこととがないようにすること」(II-1-(3)-b-2)という文部科学省がその遵守を命じた通達項目に明確に違反する行為でしょう。

また、2013年10月28日の前橋地裁における弁論準備に先立って、病院で行われた担任教諭の証言によれば、2010年(平成22年)6月頃には、クラスの児童が言うことを聞かず、うつの傾向が出て校長に相談していたことを証言しています。夏休み明けの8月下旬には、女子児童が、反抗的な態度や担任の発言に揚げ足を取る態度を見せるようになり、学級全体がまとまりを欠くようになった。さらに 9月には、教室が非常に汚く、乱れていることが多くなり、クラスの混乱を見かねた数人の児童が、担任以外の教諭に「授業にならないことがある」と相談するほど荒廃していたといいます(『読売新聞』2010年11月19日付)。しかし、このような完全な学級崩壊を前にしても、担任の交代はなく、混乱した学級状況のなかで明子さんへの加害が止むことなく継続していました。そして、桐生市教育委員会が担任の交代を決定したのは、明子さんの死後3週間もたった、11月17日になってのことでした。結局、ベテランの男性教員に交替したわけですが、それで学級状況が改善する対処がわかっているなら、「うつ病」を発症していた女性教諭にいかなる理由で担任継続を強要したのでしょうか。

4年の3学期のいじめの発生から明子さんが自殺する6年2学期まで、「いじめの問題について真摯に取り組み、注意義務を尽くしてきた」とは、一体どの時期に関する言明なのでしょうか?「いじめの問題について真摯に取り組」んだとは、具体的にどの教員のいかなる行為に関する取り組みを指しているのでしょうか?そして、最後に「5年生の時に母親から『いじめられた』という訴えがあったことは確認できたが、明子さんの勘違いだった」と判断することの一体どこに「注意義務を尽くしてきた」と言える点があるのでしょうか?
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  1. 2013/10/30(水) 12:46:37 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
都合が悪くなると嘘しかつかなくなる教育関係者こそを、徹底的にカウンセリングしなさい。
カウンセリングする相手を間違えている。
違うかな?
必要なのは脳の治療かもしれないな。

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