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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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校長及び教員【に対する】懲戒

  1. 2013/10/31(木) 07:40:39|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
この事件について調べるてみると、特にご指摘の最後については、同感させられる点が少なくありません。

2010年11月8日の桐生市教育委員会の臨時会議における教育委員の発言(「残念なことではあるが、いじめや困難、辛い時、精神的な強さも教訓として・・精神力の強い大人になって・・」)の度しがたい点は、「いじめ」を道徳の範疇でとらえていることでしょう。この意味不明のうわごとのような発言は、現在の「いじめ」に関する研究水準をまったく知らないのではないのかと思えるほど無残なものです。

「いじめ」の防止に道徳教育がまったく役立たないことは、大津のいじめ自殺事件という、これまで「いじめ」の事件のなかでも最も凄惨な事件の舞台になった中学校がいじめ対策などに取り組む「道徳教育実践研究事業」の推進校(2009~2010年度)だったことからもわかるでしょう。文部科学省は、「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」の通達の翌年の2007年2月、「いじめ問題に関する取り組み事例」(文部科学省/国立教育政策研究所生徒指導研究センター)というパンフレットを配布し、学校と家庭でのチェック事項を整理しています。

http://www.nier.go.jp/shido/centerhp/ijime-07/zentai00.pdf

これら文部科学省による「いじめ」関連の文書の優れている点は、これまで「いじめ」研究の成果を網羅し、「いじめ」対策と道徳教育から相対的距離をおいている点でしょう。

元校長に対する反対尋問の最後で、 原告副代理人は「それは文科省のいじめのに関する通達を読んだとか言っておきながら、児童の発したSOSに気がつかないならあなたの考えが足らなかっただけでしょう」と問いかけとのはもっともで、それに対する元校長は答えは「(無言)」というものでした。この「(無言)」の意味するところは、「実際は文科省通達を読んでいなかった」あるいは「読んでも理解できなかった」、または「読んだが実行する気はなかった」のいずれかであり、どれにせよほめられたことではないでしょう。

また周知のように、最近「いじめ防止対策推進法」(平成25年法律71号)が発効しました。この法律の内容自体はもっともと思えるものであり、いじめが「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と明快に定義され、加害にかかわった児童生徒には、「学校教育法第十一条の規定に基づき、適切に、当該児童等に対して懲戒を加えるものとする」とされています。

しかし、この法律には、一つの小さくない盲点があります。それは「校長及び教員【による】懲戒」規定はありますが、この法律に背いた場合の「校長及び教員【に対する】懲戒」懲戒規定がないことです。つまり、不平等採用に対する会社への罰則規定がない男女雇用機会均等法と同じ性質のザル法だということです。この法律の「第五章 重大事態への対処」に、「学校及び学校の教職員が、本法律の趣旨を違背し、被害児童生徒が負傷ないし死亡に至らしめた場合は、その程度に応じて懲戒を加えるものとする」の一項を追加しなければ、怠業を防ぐことはできないでしょう。


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  1. 2013/11/01(金) 08:05:19 |
  2. URL |
  3. ベルナール
  4. [ 編集 ]
「矛盾する学校関係者の証言」

元校長と各学年担任の証言が大きく異なるので、この隔たりが裁判で問題にならないとは思えません。一方の主張が正しいなら、他方の主張は必然的に虚偽ということになります。前田雄吉・衆議院議員による「民事裁判における偽証の取締りに関する質問」に対する内閣総理大臣・小泉純一郎からの答弁書には、以下のようにあります。「最高検察庁は、平成十五年七月、刑事裁判における偽証行為について、犯罪の成立が認められれば、厳正に対処すべきであるとの提言を取りまとめているが、検察当局においては、民事裁判における偽証行為についても、同様に対処するものと承知している」(内閣衆質一六四第一八号、平成十八年二月三日)。この答弁書の趣旨が重く受けとめられるべきでしょう。

【4年次担当教諭の警察での証言】
4年3学期、「学校に行くといしめられるので行きたくない」と訴える。「時にはいじわるをするつもりはなくても乱暴なことばを使う人もいるので、あまり気にしすぎないように話した」(警察での証言)。
〔注記〕これは、文部科学省がその遵守を命じた「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」(2006年10月19日付)に定められた、「いじめの兆候を発見した場合において、いじめられる児童生徒からの訴えが弱いことを理由に問題を軽視したり、いじめる側といじめられる側の主張に隔たりがあることを理由に、必要な対応を欠くこととがないようにすること」(II-1-(3)-b-2)という通達に反する行為であり、文部科学省は、もしいじめの実態調査を実施していれば、事前に明子さんへのいじめを把握できた可能性もあり、「自殺を防げたかもしれない」(『産経新聞』2010年11月11日付)としていますが、もっともでしょう。一方、明子さんが「相談をしたのは4年生の時ではないか」という反対尋問に対して、元校長は「そうではないと思います」と答えています。実際は担任が校長に相談したのであれば、元校長の回答は虚偽の主張ということになり、もし相談していなかったとすれば、担当教諭は、「いじめの訴え等を学級担任が一人で抱え込むようなことはあってはならず、校長に適切な報告等がなされるようにすること」(II-1-(1)-a-4)という文科省通達に違反しているということになります。

【事件後の記者会見での校長発言】
「5年生の時に母親から『いじめられた』という訴えがあったことは確認できたが、 明子さんの勘違いだった。明子さんからいじめに関する特別な相談はなかった」と説明していた(『毎日新聞』2010年11月2日付)。
〔注記〕この校長発言は、5年次担任教諭の証人尋問では発言と大きく異なります。担当教諭は、「『うざい、きもい』という言葉はクラスで週に1,2度の頻度で聞いた」「キモイという言葉は使わないようにクラスに指導した」と指摘し、いじめの存在を明確に認めています。

【元校長への反対尋問での発言】
6年次の担当「教諭の指導力に問題があったのではないか」という問いに対して、元校長は、「私は信頼していた。教務主任もしているし20年以上教師としてやってきた。私は指導力に問題があったとは思わない」と発言していた。
〔注記〕ここで「指導力」とは、「荒れたクラス」の状況を改善するだけの「指導力」のことですが、元校長は、「荒れたクラスでは、人を傷つける言動が流れる可能性が高いと思わないのか」と問いに答えず、過去の経歴だけに言及しています。元校長の発言はまた、担任自身による「私の指導力不足でこういうことになって申し訳ございません」という自殺後の謝罪内容とも大きく異なります。そして、この「指導力不足」とは、担任に教員としての資質が欠けていたというよりは、うつ病の発症によるものであり、2013年10月28日前橋地裁で弁論準備に際して行われた担任への証人尋問によれば、6年の一学期の段階ですで「うつの傾向」が出て学級経営への不安を元校長に相談していたことが判明しています。元校長は、学級崩壊のこの主要なものの一つと思える原因に関して、証人尋問で証言していていません。

どちらの言い分に真実があるにせよ、いやしくも教育に携わる者であるなら、この裁判がかつての自分たちの教え子たちの目の前で進行していることを、今一度思い出して頂きたいものです。

  1. 2013/10/31(木) 12:16:09 |
  2. URL |
  3. ちゃりこ父
  4. [ 編集 ]
何らかの新たな規定は必要かもしれないけれど、奴らの思考回路は、規定の網目をくぐったものを罰することはできないだろう、という腐った性根から生まれてきているもの。
結局はその腐った人間性をどうにかしなきゃ、新たな規制の下でも新たな犠牲者が出るだけ。
教育関係者が「道徳からはずれたことは犯罪ではないだろ」って姿勢なのだからどうしようもないよ。
いじめの定義が変わったことがあったでしょ。
あれって、いじめ自殺ゼロ年ってバカなことが広く知れ渡ったから、表面だけなぞったんだよね。で、何か、変わりました?
明子さん、なくなったの、定義変更のあとでしょ。言い訳が変わるだけで、本質、教師たちが卑怯なことって、変わった?
明子さんがなくなった後、変わった?
定義さえ守らないよ。
ちゃりこ、テレビ出て、訴えたよ。
糞校長、こういったよ。
「いじめとは、判断しきれない面もありますね~」って。全国放送で。
定義、おかしくね?
「いじめられた側がいじめだと思えば、いじめだ」ってはずだよ。
公立小学校の腐りきった校長ごときに、いじめかどうか、判断する権限、ないはずなんですけど。
定義替えしたって、定義さえ守らないでしょ。
それに、「判断しきれない面もありますね~」って、なんだろう、その日本語。当然、判断しきれる面もあるんだよね。
あとは、言い訳の流行が変わっていくだけ。これ、マニュアルがあるからでしょ。
いじめとは認められない~認識できなかった~認識できずに残念だ~次は何?

定義や規定を変えたり、作ったりしたって、教育関係者って言う種類の生き物が腐っている以上、どうしようもないでしょ。

ハイ、寿命。
学校なんていらない

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