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倫理喪失とは何か 反「真善美」

  1. 2015/09/04(金) 06:48:39|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
日本で道徳というと、儒教の教えが前提としてあり、忠孝を教え込むというカビ臭さが付きまとう。
実際の儒教はさらに広い徳目を持っていたとは思うが。

それはさておき、いじめ問題をめぐる教師や教育行政関係者の精神は、お上の御威光を保つという忠という
精神では一貫しているようだ。それに隠とか蔽というような新徳目も発明している。

さて西洋のギリシアローマ文明は真善美という三つの項目が良く言われる。それにキリスト教は絶対者を信じるというような
軸を加えている。

その観点でみると現代日本の教育者、教育行政担当者(実はこちらが悪質)は
見事に
不実:真実を隠し
非善行:善いものを脅かし
醜悪:隠蔽の素行はあまりにも醜い
という点で、アンチ真善美の見本である。

その彼らが、道徳を連呼し、いたいけな子供をたぶらかし、偽善を延々と演じ続けるその負のエネルギーには驚嘆するものがある。
しかしそのモチベーションは実は単純だ。
利得また利権:国民から吸い上げたおいしい生涯賃金、プラスボーナス(公務員になぜボーナスがあるのか?)、プラス年金
地位保全:首切りのない生涯雇用、プラス管理職まで行けば、インチキ大学や公民館などのおいしい天下り。
臆病:わが身ばかり大事でいくらかの子供など眼中にない。
などのエゴイズムが根に巣くっているからだ。
だから文科省の官僚から下っ端教師たちが
「道徳、道徳」と叫ぶのは、「無知、従順、隷属」という掛け声で、内心では「俺たちは好きにやる、欲得、利得、取り逃げ」
叫んでいるだけである。だから他人に道徳を押しつける輩ほど、その顔つらは醜い。
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