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桐生市いじめ自殺裁判  勝利の記録

桐生市いじめ自殺裁判に勝利するまで

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教育界の掟は公序良俗を凌駕する

  1. 2015/12/16(水) 17:10:52|
  2. 市民の会の意見
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
今日本の教育で、国民と教育担当者の間には意識のずれがある。
この事件や他のいじめ問題でも事実関係にふたをして隠蔽に走る教師たちの姿である。
一部の悲惨な被害者がいても、他の児童のため、(実際は自分らの保身のため)、記録を改ざんしたり処分する行いである。

これは、教育界に不問の掟があることを示している。身内の恥をさらしてはならないという掟である。
黙っていればあるいは隠蔽したものほど、出世の階段を上がれるという掟である。

掟とは中世日本の惣村に存在した集団内の決まりであったが、現代の日本でもそれは暗黙に持続している。
これが必要以上に民間事項に立ちいらないという法の原則をいいことに独り歩きするとき、危険が発生する。
まさにこの掟は、法によって義務教育を受けさせ、無力化したPTAなどによって監視を妨げられた父母の知る要求を
拒否し暴走する教師集団の暗黙の掟なのだ。
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